内入村(読み)うちのにゆうむら

日本歴史地名大系 「内入村」の解説

内入村
うちのにゆうむら

[現在地名]東和町大字内入

西は神浦(こうのうら)村、南西は小泊(こどまり)村、北東は和田(わだ)村、東は油宇(ゆう)村、北と南は海に面する。

「注進案」に「当村之儀は森村之枝村ニ而」とあり、森(もり)村の支村として開かれたらしい。慶長一五年(一六一〇)の検地帳には「神浦・内入」とあり、合わせての石高が記され、「地下上申」で初めて独立村として記される。村内は平地が少なく「注進案」による総田畠数は一七町九反余で総石高は二二一石九斗余、そのすべてが蔵入であった。総家数六一で本百姓は一一、うち本軒役が四、半軒役七であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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