前ヶ須新田村(読み)まえがすしんでんむら

日本歴史地名大系 「前ヶ須新田村」の解説

前ヶ須新田村
まえがすしんでんむら

[現在地名]弥富町前ヶ須新田

南はいかだ川、西は蛯江えびえ川、北は鯏浦うぐいら村に続く木曾川沿いの村。「徇行記」によれば、概高二六六石余はすべて蔵入地。田は一八町八反余、畑は三町五反八畝余。「寛文覚書」に戸数一八、人数八七とある。「徇行記」に「信長記ニ前ケ須トアリテ一体古キ地名ナリシカ、慶安元子大地震ニテイリコミ、其後万治三子年西保村権右衛門・荒子村吉兵衛トイヘル者新田ヲ再墾シ一村落トナレリ(中略)農業一事ノ所ニテ、此辺ハ砂地ナレ共、藻草ヲ年中ニ五度ホトモ培ヘハ、土糞ヨクユキトヽクト也」とあり、西保にしほ村とともに佐屋さや宿へ寄付人馬・船役を務めた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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