勘新村(読み)かんしんむら

日本歴史地名大系 「勘新村」の解説

勘新村
かんしんむら

[現在地名]燕市勘新

二階堂(にかいどう)村の東に連なる。明暦年間(一六五五―五八)に村上藩領となり(西蒲原郡誌)、開村当時の村高は一〇石、寛文九年(一六六九)の検地後一六〇石になったという(小中川村誌)。貞享元年(一六八四)の郷村高辻帳は一六七石三斗余、元禄郷帳は小中川(こなかがわ)村枝郷とし同高。享保一三年(一七二八)の郷村高辻帳は二三七石六斗余。宝暦六年(一七五六)の燕組村々高反別之覚(小柳家文書)によれば本田一八二石七斗、うち田一四八石九斗(反別一一町八反)・畑三三石七斗(六町七反)、新田五四石九斗、うち田五三石八斗(四町四反)・畑一石(二反)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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