北小淵村(読み)きたおぶちむら

日本歴史地名大系 「北小淵村」の解説

北小淵村
きたおぶちむら

[現在地名]一宮市北小渕きたおぶち

東は浮野うきの村、南小淵村の北にある。本田概高六四四石余は田一六町八反余・畑三三町三反余で、このうち五九八石余は一五人の給知、それ以外は新田を含めて蔵入高である。新田は八石余。「寛文覚書」の家数七五、人数三四六。「徇行記」では寺として大慈たいじ寺・全久ぜんきゆう寺をあげ、村の様子を「ヨキ村ニテ竹木茂リ殊ニ(ママ)竹ヨキ所ナリ、高ニ準ジテハ戸口多ク、村中ニテハ耕田不足ナル故ニ、南小淵村ノ田畝ヲ承佃スト也、頭百姓六、七戸アリ、和兵衛・貞四郎・孫四郎ナドイヘル者、農事ヲ以テ専ラ生産トシ、屋ヅクリモヨクミヘタリ、其商賈ハナシ、村人竹ヲ伐リ瀬部村ノ細工ニ用ユト也」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 タイジ うき 大慈

今日のキーワード

苦肉の策

敵を欺くために、自分の身や味方を苦しめてまで行うはかりごと。また、苦しまぎれに考え出した手立て。苦肉の謀はかりごと。「苦肉の策を講じる」...

苦肉の策の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android