北股村(読み)きたまたむら

日本歴史地名大系 「北股村」の解説

北股村
きたまたむら

[現在地名]野迫川村大字北股

荒神こうじん岳西南麓、北股川流域に立地。建保六年(一二一八)の吉野山郷人被取物注進状(金剛峯寺文書)に「北マタノ惣検校等数十人」とあり、文永四年(一二六七)の十津川十八郷庄司等起請文案(高野山文書)に「北袴惣追捕使宗依」の署名がみえ、正平二二年(一三六七)の北俣頼房等連署請文(同文書)には北俣頼房らの人名・地名を記す。

十二村じゆうにそん組に属する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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