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垣内 かいと

10件 の用語解説(垣内の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

垣内
かいと

一つの集落またはその区分けをいい,特に近畿地方で用いられている。海戸,皆戸,貝戸などとも書く。奈良県に分布する濠をめぐらした環濠集落を特に「垣内式集落」と小川琢治が命名した。本来,垣内は農場として囲い込んだ場所や屋敷を意味し,奈良時代から平安時代に盛んに設定された。

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デジタル大辞泉の解説

かいと【内】

《「かきつ」から転じた「かきと」の音変化》土地のある区画をいう語。もとは開墾を予定した一区画をさしたと推定されるが、樹木などで囲まれた屋敷地、区画された耕地、村の区画を小分けにした小集落なども意味する。

かきつ【垣内】

《「かきうち」の音変化か》垣根に囲まれたうち。屋敷地の中。かいと。
「吾妹子(わぎもこ)が家の―の小百合花(さゆりばな)ゆりと言へるは否と言ふに似る」〈・一五〇三〉

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百科事典マイペディアの解説

垣内【かいと】

古代・中世の農村で周囲を垣で囲んで他と区別した一区画の土地。〈かきつ〉〈かくち〉とも読む。《万葉集》にも垣内(かきつ)の名が見え,中世文書には荘園名田内の小地名として頻出(ひんしゅつ)。
→関連項目

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日本の企業がわかる事典2014-2015の解説

垣内

正式社名「株式会社垣内」。英文社名「KAKIUCHI Co., Ltd.」。機械工業。昭和27年(1952)創業。同62年(1987)設立。本社は高知県南国市岡豊町中島。産業機械製造会社。有機肥料や飼料など粒状物の製造に使用される造粒機の開発・製造に実績。ほかにLPGボンベ検査機など。受託生産も行う。

出典|講談社
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世界大百科事典 第2版の解説

かいと【垣内】

古代,中世の農村で周囲に垣をめぐらして他と区別した一区画の土地。古代律令法では宅地・園地がそれに相当する。民間ではカキツとも呼ばれた。起源は明らかでないが,住居と敷地を中心に付属の畠地や林などの用地を囲い込んで,私的な占有用益権を獲得したことに由来すると思われる。垣内の語は平安初期から文書に,地名化した特定の私領の土地区画として現れる。それらは多く畠地で,垣,中垣,道,畔,溝,河などを境とし,他領,他垣内と接して存在しており,なかには居住者のいる宅地(居垣内(いがいと))もあるが,ふつう私領畠として売買譲渡の対象とされている。

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大辞林 第三版の解説

かいと【垣内】

〔「かきつ」の転〕
土地の区画の呼び名。本来は、将来田畑などに開墾する予定で囲い込んだ土地のこと。現在は、小規模の集落あるいはその中の一区画の家群をさしたり、一区画の屋敷地や一区画の耕地などをさしていう。

かいとう【垣内】

姓氏の一。

かきつ【垣内】

垣根のうち。屋敷の中。かいと。 「我が背子が古き-の桜花/万葉集 4077
領地。占有地。新しく占有・開拓した土地。 「我が背子が-の谷に/万葉集 4207

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

垣内
かいと

垣内は地方によって、ケート、カイチ、カイツ、カキウチ、カキナイ、カクチなどともよばれ、ことばとしては現在ほぼ全国にわたって分布している。また、垣内という漢字をあてるほかに、海渡、街道などさまざまな当て字が行われている。
〔1〕垣内の意味する内容は、全国を通じてみればきわめて複雑多岐にわたっているが、およそ次のように類別できる。(1)地域結合、(2)集落の共有山林、(3)同族集団、(4)屋敷の一部名、(5)一区画の屋敷地、(6)屋号、(7)区画された一団の耕地、(8)一区画の原野、(9)地字(ちあざ)名。古くは一つであったと思われる垣内の意味が、各地でこのように分化してきた道筋と理由が問題になる。
〔2〕垣内が固有名詞として用いられる場合、通例その上に種々の名を冠してよんでいる。その呼び名は、ほぼ次の7通りに分けられる。(1)方角名を冠するもの。東垣内、上(かみ)垣内など。(2)地形を示すもの。谷垣内、原垣内など。(3)樹木名を冠するもの。栗(くり)垣内、柿木(かきのき)垣内など。(4)人名を冠するもの。平七垣内、伝五郎垣内など。(5)職業名を冠するもの。鍛冶(かじ)垣内、紺屋(こうや)垣内など。(6)社寺関係を示すもの。宮垣内、寺垣内など。(7)その他。百垣内、むじな垣内など意味のとりにくいもの。垣内に冠せられた名称によって、命名の動機をうかがうことができ、垣内の性格を考えるうえに有効な手掛りとなる。
〔3〕全国の垣内をその地形的な位置によって分類すると、次の三つの形態になる。(1)平野に分布する平地垣内。(2)山麓(さんろく)に分布する山麓垣内。(3)山間に分布する山間垣内。この三つの形態にも発達の順序があったはずである。
 各地の垣内を比較して気のつくことは、古くは垣内が一つの特権であったらしいということである。個人名および職業名を冠する垣内の存在が、このことを推測させる。人名は垣内の創始者であり、職業名は彼らに垣内を与えて村に定住させた事情を示すものであろう。垣内の原初形態は、耕地ならびに付属草地(緑肥採取のため、また将来の開墾予定地として)を囲んだ新開墾の一区画にあったと推測される。それが出作(でづくり)小屋としての田屋(たや)を媒介として、住居を内包した個人垣内に移った。このように屋敷化した垣内は、一方において同族垣内あるいは隣保垣内さらには集落垣内へと拡大の方向をたどるとともに、他方では屋敷の一部名あるいは屋号、さらに単なる地字名として痕跡(こんせき)をとどめる程度にまで細分化する方向をたどったものと考えられる。和歌山県熊野山地には、現在でも一戸で占めているか、最近まで一戸で占めていた個人垣内の形態が多くみられる。また個人垣内が拡大して、数戸によって占められる隣保垣内や同族垣内の事例も認められる。垣内の成立と変貌(へんぼう)の過程は、大小の差こそあれ、中世の荘園(しょうえん)の発達とよく似ている。両者がどのような関連にあるかは、民俗学と史学との提携が期待される興味ある問題である。垣内をある時期からの開拓様式と考えた場合、条里制との関係が問題になってくるが、少なくとも垣内の起源は、条里制に基づく、あるいは条里制以後のものではなく、条里制施行以前にすでに長い歴史を背負っていたということができよう。柳田国男(やなぎたくにお)は、荘園という漢字の日本名が、もとはカキツまたは垣内であったかもしれないという説を示しているが、なぜに両者を呼び分ける必要があったのか、また荘園とは別に、垣内は垣内として存続した事情はなんであるのか、が問われるべき課題として残るであろう。[直江広治]
『「垣内の話」(『定本柳田国男集29』所収・1964・筑摩書房) ▽直江広治「垣内の研究 1・2」(『東京教育大学文学部紀要』所収・1958、60)』

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