北野殿村(読み)きたのどのむら

日本歴史地名大系 「北野殿村」の解説

北野殿村
きたのどのむら

[現在地名]安中市野殿(のどの)

東野殿村の北にあり、九十九(つくも)川と碓氷(うすい)川の合流点、中宿(なかじゆく)村・板鼻(いたはな)宿の南に広がる丘陵上に位置する。峰の野殿天王塚(みねののどのてんのうづか)古墳ほかいくつかの古墳がある。はじめ野殿村に含まれた(→東野殿村)。分村の時期は不明で、天保郷帳に北野殿村四四五石余が載る。弘化三年(一八四六)一年間における中山道安中宿助郷人馬触高写帳(安中市教育委員会蔵)によれば、村高三三八石に対し三三九人・馬四五八という高率であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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