十五壇遺跡(読み)じゆうごだんいせき

日本歴史地名大系 「十五壇遺跡」の解説

十五壇遺跡
じゆうごだんいせき

[現在地名]会津高田町旭館端 上十五壇・下十五壇

小川(おがわ)川と館(たて)川が合流する河岸段丘上、標高約二五五メートルに立地した縄文時代から古墳時代までの複合遺跡である。「新編会津風土記」には一五の塚があったためこの名が付いたというが、塚はすでに消滅している。昭和五七年(一九八二)試掘調査、同六二年・同六三年、平成元年(一九八九)の三ヵ年にわたり発掘調査が行われた。古くは縄文時代前期大木2b式の住居跡一棟が検出されている。中心は中期後半から前期初頭で、複式炉をもつ住居跡九、敷石住居跡一、長方形柱穴列一、フラスコ状土壙六と多数の土壙群である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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