南綿町(読み)みなみわたまち

日本歴史地名大系 「南綿町」の解説

南綿町
みなみわたまち

[現在地名]南区千年(せんねん)町

常珎(じようちん)町の南にある難波橋(なにわばし)筋の両側町で、同筋と八幡(はちまん)筋との交差点を中心に東西南北に半町ずつの範囲。町名は明暦元年(一六五五)から確認される(南区志)。初発言上候帳面写によると古くは綿町とよんだ。大坂三郷南組に属し、元禄一三年(一七〇〇)三郷水帳寄帳では屋敷数二三・役数二六役で、うち年寄分一役が無役。年寄は綿屋利兵衛。勧化三〇町組の一町で、嘉永二年(一八四九)の坪数高年番定帳(大阪市立中央図書館蔵)によれば坪高は二千一四〇坪、年寄分を引いた二千八〇坪が負担坪数。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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