南部領伊達領境塚(読み)なんぶりょうだてりょうさかいづか

国指定史跡ガイド 「南部領伊達領境塚」の解説

なんぶりょうだてりょうさかいづか【南部領伊達領境塚】


岩手県北上市鬼柳町・和賀町ほかと胆沢郡金ケ崎町六原にある江戸時代の境塚。南部領と伊達領との境界を示す施設。1642年(寛永19)、徳川幕府裁定によって境界が決定され、奥羽山脈の駒ヶ岳頂上から釜石市の唐丹(とうに)湾までのおよそ約130kmの境界線上に設置された。境塚としては全国に類を見ないほどの規模であり、徳川幕府草創期からの東北地方の政治的緊張状況が表れている。大塚(おおづか)と小塚(こづか)があり、先に大塚が築かれたあと、17世紀末の元禄期までに小塚が間を埋めるように設置された。とくに重要な地域では相対する挟塚(はさみづか)も築かれた。2000年(平成12)、北上市金ケ崎町内の約11kmにある大塚17、挟塚2、小塚198を含む地域が国の史跡として指定された。現在は、野外博物館「みちのく民俗村」の一部として整備されている。JR東北新幹線ほか北上駅から岩手県交通バス「展勝地」下車、徒歩約2分。

出典 講談社国指定史跡ガイドについて 情報

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