古市義秀(読み)フルイチ ギシュウ

20世紀日本人名事典 「古市義秀」の解説

古市 義秀
フルイチ ギシュウ

大正・昭和期の天台真盛宗僧侶 天台真盛宗管長・総本山西教寺貫首。



生年
明治29(1896)年11月3日

没年
昭和60(1985)年2月15日

出身地
三重県

経歴
西教寺専門学寮寮長、天台宗宗務総長などを経て、昭和49年10月から西教寺貫首。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「古市義秀」の解説

古市義秀 ふるいち-ぎしゅう

1896-1985 大正-昭和時代の僧。
明治29年11月3日生まれ。三重県玉泉寺の穂波秀海らに師事。滋賀県光輪寺,福井県引接寺の住職などをへて,昭和42年天台真盛宗(しんぜいしゅう)宗務総長,49年総本山西教寺貫主,同宗管長となる。昭和60年2月15日死去。88歳。三重県出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む