吉礼砂羅谷古窯跡群(読み)きれさらだにこようせきぐん

日本歴史地名大系 「吉礼砂羅谷古窯跡群」の解説

吉礼砂羅谷古窯跡群
きれさらだにこようせきぐん

[現在地名]和歌山市吉礼

岩橋いわせ山塊南麓に派生する一支尾根の西側斜面にある。砂羅谷の地名に示されるように古くから須恵器片の散布が知られていたようであるが、昭和四三年(一九六八)崖面に露呈した二基の窯跡の断面実測と地形測量が行われた。同五三年にはトレンチ調査が行われ、既発見の二基を含めて計五基の窯跡が確認され、さらにあと二基の存在が想定されている。また斜面中腹辺りで、一辺約三・六メートルの方形プランを有する竪穴住居跡が検出されている。

検出遺物より当窯跡群の操業期間は、大阪府陶邑すえむら古窯跡群の型式編年ではII型式第I段階よりIV型式に及ぶ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 県下 最古

今日のキーワード

苦肉の策

敵を欺くために、自分の身や味方を苦しめてまで行うはかりごと。また、苦しまぎれに考え出した手立て。苦肉の謀はかりごと。「苦肉の策を講じる」...

苦肉の策の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android