向川澄村(読み)むこうかわすみむら

日本歴史地名大系 「向川澄村」の解説

向川澄村
むこうかわすみむら

[現在地名]協和町向川澄

小貝こかい川左岸にあり、東南は蓮沼はすぬま村、西は川澄かわすみ(現下館市)。元和九年(一六二三)二月の水野谷様御代下館領村々石高并名主名前控(中村家文書)に村高一六二・三六七石とあり、下館藩領であった。元禄郷帳の村高は三〇六石余であるが、天保郷帳では一七九石余に減少し、幕末は旗本阿部氏領一二九石余、結城藩領分四九石余(各村旧高簿)。元禄期(一六八八―一七〇四)に村の一部が結城藩領となる(「水野隠岐守宛領知目録」水野家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 普請 蓮沼

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む