圜丘(読み)えんきゆう(ゑんきう)

普及版 字通 「圜丘」の読み・字形・画数・意味

【圜丘】えんきゆう(ゑんきう)

天子冬至に天を祭る円形の壇。〔漢書、揚雄伝上〕(甘泉の賦)崇崇(しゆうしゆう)たる圜丘、(たか)く天を隱す。

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出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報

世界大百科事典(旧版)内の圜丘の言及

【壇】より

…実際の建築としては,祭祀,跪拝を行う本来のかたちの露壇と,空間構成をもつ建築群からなる祠廟という両種の形態をとる場合があるが,一般にこれらを併せて壇廟と総称することが多く,天壇地壇,日壇,月壇および社稷(しやしよく)壇,水・火・山・川の壇,あるいは城隍(じようこう)廟,土地廟,四瀆(しとく)や五岳の廟,先蚕廟,風・雲・雷・雨諸神の廟などが建設された。歴史を通じて重要な儀礼とされた天子祀天の壇は,泰壇,郊壇,郊丘,郊兆,圜丘(えんきゆう),円丘,天壇等とよばれ,都城の南郊に設けられるのが原則で,前漢の成帝が前32年(建始1)に長安に築いたのをはじめ,歴代王朝の多くが建設したが,規模,形式は一定ではない。 現存する北京の天壇は,明代初期に天地合祀の殿として創建され,嘉靖年間(1522‐66)に合祀制を廃して圜丘が築かれ,清朝もこれをうけつぎ乾隆年間(1736‐95)に拡張整備を行ったもので,その後の焼失,再建を経ているが,乾隆当時の規模,形式を伝えている。…

【天壇】より

…中国の皇帝が天をまつる儀礼を行う壇。漢代以来,都城の南郊に設けられるのを原則とし,圜丘(えんきゆう),南郊とも称した。北京に現存する天壇は,明・清両朝皇帝が祭天の儀を行ったところで,明の1420年(永楽18)に当時の南郊に天地合祀の大祀殿が創建され,1530年(嘉靖9),四郊分祀の制に改めて圜丘を新築,38年大享殿を新築した。…

※「圜丘」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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