堅志田村(読み)かたしだむら

日本歴史地名大系 「堅志田村」の解説

堅志田村
かたしだむら

[現在地名]中央町堅志田

山間地方と平野部とを結ぶ古くからの往還上にあって、交通・商業・経済などの面でも当地方の中核的位置にある。東は馬場(ばば)村、南は出目(でめ)村、西と北を大沢水(おおそうず)村と接し、比較的平坦地に恵まれ、水利の便も良好である。建久六年(一一九五)の肥後国司庁宣・甲佐社領立券解案(阿蘇家文書)に「益木上郷 堅志田」、四至は「東限横山并立神 南限大山 西限大田横道 北限河流并宮山」と記される。また建長三年(一二五一)九月二三日の甲佐社領実検帳写(同文書)には「堅志田郷七十丁三反二丈」とある。建武元年(一三三四)一一月二五日の後醍醐天皇綸旨写(摂津多田神社文書)に、宛先は不明だが「堅志田郷地預(頭)職半分」が討幕の功賞として宛行われている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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