塩中村(読み)しおなかむら

日本歴史地名大系 「塩中村」の解説

塩中村
しおなかむら

[現在地名]栃尾市塩中

梅野俣うめのまた村の東、九川谷くかわだに川が刻んだ幅の狭い谷間に立地。東は九川村。元和六年(一六二〇)の長岡藩知行目録に高二五石六斗余。天和元年(一六八一)の栃尾組高人別納物帳(稲田理八氏蔵)では家数二、男六・女四で山伏一が含まれる。慶応二年(一八六六)の栃尾組御成箇免定割付帳(佐野長雄氏蔵)では村高二七石九斗余(うち新田二石三斗余)で年貢率は九パーセント。同年の栃尾組郷鑑(「守門糸車」善昌寺文書)では家数五。農間に女は近隣の村々へ手伝いに出る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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