壬辰倭乱(読み)じんしんわらん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「壬辰倭乱」の意味・わかりやすい解説

壬辰倭乱
じんしんわらん

豊臣(とよとみ)秀吉朝鮮出兵に対する朝鮮での呼称壬辰(1592=文禄1)・丁酉(ていゆう)(1597=慶長2)の倭乱ともいう。中国では万暦(ばんれき)(1573~1619)朝鮮の役という。

[編集部]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の壬辰倭乱の言及

【文禄・慶長の役】より

…豊臣秀吉が1592‐98年(文禄1‐慶長3)に2度にわたって企てた朝鮮に対する侵略戦争。朝鮮側では〈壬辰・丁酉倭乱〉または〈壬辰倭乱〉とよぶ。
【日本側の状況】

[秀吉の動機と準備過程]
 本来,秀吉の意図は明国を服属させること(唐(から)入り)で,朝鮮に対してはその道案内を求めるという〈仮道入明(かどうにゆうみん)〉を標榜していた。…

※「壬辰倭乱」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む