多度庄(読み)たどのしよう

日本歴史地名大系 「多度庄」の解説

多度庄
たどのしよう

庄域は不明であるが、北を瀬戸内海に面する多度津町中央部の海岸寄り一帯に推定される。皇室領庄園。康治二年(一一四三)八月一日の京都安楽寿(あんらくじゆ)院の院領などへの諸司・国使らの立入停止、大小国役免除を認めた太政官牒案(安楽寿院古文書)に庄名がみえ、四至は「東限三条廿里廿五坪 西限高武例山 北限海 南限四条十二(里脱カ)卅坪」とある。西の高武例山を天霧(あまぎり)山に比定するならば、弘田(ひろた)川流域に広がる地域が推定される。鎌倉初期の安楽寿院領目録と思われる文書断簡(同文書)によると、当庄は保安四年(一一二三)八月二〇日に立券されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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