大峯図子町(読み)おおみねずしちよう

日本歴史地名大系 「大峯図子町」の解説

大峯図子町
おおみねずしちよう

上京区西洞院通小川上ル

南北に通る西洞院にしのとういん通の両側町

古くはこの地は大峰野おおみねのと称されていた。「日本紀略」万寿四年(一〇二七)九月一四日条に、皇大后藤原妍子(三条天皇妃)が没した後、「大峰寺前野」で火葬されたとある。中古京師内外地図は、この辺りに「大峯寺 皇后子墓」と記しているが、この表示は「日本紀略」の記事を裏付ける。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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