大庭五番村(読み)おおばごばんむら

日本歴史地名大系 「大庭五番村」の解説

大庭五番村
おおばごばんむら

[現在地名]守口市佐太中さたなか町一―四丁目・佐太東さたひがし町二丁目など

単に五番村ともいい、二番村の南西に続く。西は淀川に限られ、堤上を京街道が通る。正保郷帳の写とみられる河内国一国村高控帳によると高三四〇石余、山城淀藩永井尚政領。その後尚政の息尚申領となり、以後同家領。嘉永元年(一八四八)守口宿増助郷村となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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