京街道(読み)キョウカイドウ

百科事典マイペディアの解説

京街道【きょうかいどう】

近世に京都と大坂を結んだ街道。京道・大坂街道・河内路ともよばれた。1594年豊臣秀吉淀川左岸に文禄堤を築き,堤防道を伏見・大坂間の近道としたのに始まる。江戸幕府は道をさらに整備して伏見・淀・枚方(ひらかた)・守口の4宿を設けた。また当街道を東海道の延長とみなし,道中奉行の管轄下に置いた。伏見から大坂までの下りには淀川の舟運が多く利用されたため,枚方宿・守口宿における人馬の継立はほとんどが上り便であった。紀伊徳川家・安芸浅野家・土佐山内家・阿波蜂須賀家などが参勤交代に利用し,琉球使節も当街道を通った。
→関連項目枚方[市]守口[市]

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世界大百科事典 第2版の解説

きょうかいどう【京街道】

近世における京都・大坂間の街道。豊臣秀吉が大坂・淀・伏見に築城の後,1594年(文禄3)に淀川左岸に文禄堤を築造し,堤防上を道路として伏見・大坂間の近道としたのが起源である。江戸幕府は道路をさらに整備し,京街道に伏見枚方守口の4宿駅を設定し,品川から大津までのいわゆる東海道五十三次のほかにその延長上の宿とみなし,道中奉行の管轄下に置いた。【乾 宏巳】

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大辞林 第三版の解説

きょうかいどう【京街道】

近世、大坂と京都・伏見間を結ぶ街道。豊臣秀吉が淀川堤防を築造し、その左岸堤防上を道路として伏見・大坂間の近道としたのが起源。また、その他の京都へ向かう街道をさすこともあった。

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