太郎兵衛新田(読み)たろべえしんでん

日本歴史地名大系 「太郎兵衛新田」の解説

太郎兵衛新田
たろべえしんでん

[現在地名]江東区東砂ひがしすな一丁目・同三―四丁目

中田なかた新田の北にあり、東は中川を隔てて東小松川ひがしこまつがわ村飛地(現江戸川区)。太郎兵衛という人物が開発したと伝え、八郎右衛門はちろうえもん新田の妙久みようきゆう寺の過去帳によれば初代太郎兵衛の没年は寛文一二年(一六七二)である(江東区史)。東西三町余・南北四町余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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