奉公人町(読み)ほうこうにんちよう

日本歴史地名大系 「奉公人町」の解説

奉公人町
ほうこうにんちよう

[現在地名]西区新道しんみち一丁目

小伝馬こでんま町の北、大伝馬おおでんま町の南、現外田とだ町の西にあり、江戸屋えどや町筋によって東西に二分されている。「府城志」の名古屋村の条に「奉公人町は小伝馬町北の筋、もと奉公人多こゝに住す、因て名とす。当町の内西ノ切江戸屋筋より西半町余にて行当り也しを、明和九年辰正月焼失後新町開発町屋となる」と記している。ちなみに宝永六年(一七〇九)頃の尾府名古屋図(蓬左文庫蔵)をみると、確かに奉公人町筋は江戸屋町筋によって東西に分れるが、西側は巾下新道はばしたしんみち町筋に結ばれず、途中で行当りとなっていることがよくわかる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新しい環境に適応できず,焦り,ストレスを感じ,気持ちが落ち込むうつ状態。医学用語ではなく通称。もとは大学新入生が5月の連休明け頃から急激に無気力,無関心になることから名づけられたが,時期は5月にかぎら...

五月病の用語解説を読む