奥塩久村(読み)おくしおくむら

日本歴史地名大系 「奥塩久村」の解説

奥塩久村
おくしおくむら

[現在地名]青垣町奥塩久

三方を山に囲まれ、南に奥塩久川の谷が開ける。南は口塩久くちしおく村、北は塩久峠を越えて天田あまた樽水たるみ(現京都府福知山市)。中世塩久村の遺称地。「丹波志」では小和田こわだ寺内じない・奥塩久を小和田三村とする。元禄年間(一六八八―一七〇四)以前に小和田村より分村し(「氷上郡志」など)、元禄八年柏原藩領となり(柏原藩領知目録)幕末に至る。元禄郷帳では高二五九石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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