知恵蔵 「宇宙戦艦ヤマト」の解説
宇宙戦艦ヤマト
テレビアニメシリーズの企画として考案されたオリジナル作品で、当初のスタッフはプロデューサー・西崎義展氏、メインシナリオライター・藤川桂介氏、SF設定・豊田有恒氏の3名。テレビ局に売り込むための企画書作成段階から、映画監督・演出家などを務める山本暎一氏が参加。また、マンガ家の松本零士氏が西崎氏から美術監督を依頼され、キャラクター設定やメカ設定などを担当した。松本零士氏による「宇宙戦艦ヤマト」のマンガもあるが、これはテレビアニメ作品をマンガ化したもの。
「宇宙戦艦ヤマト」第1作目の物語の舞台は西暦2199年。ガミラスという正体不明の敵に攻撃され放射能に汚染された地球は、1年後には滅亡すると考えられた。滅亡を避けるため、古代進、島大介、森雪といったヒーローやヒロインたちが、「宇宙戦艦ヤマト」で放射能除去装置を求めて銀河系の彼方にあるイスカンダル星を目指す。異星人との戦闘などを通して、主人公達が活躍し、成長していくSF作品。「機動戦士ガンダム」や「新世紀エヴァンゲリオン」など、その後の人気アニメにも影響を与え、SFアニメブームの先駆けとなった。「宇宙戦艦ヤマト」が放映された時期は、高度経済成長期の終わりの頃で、公害問題の表面化やオイルショックなど世間に不安感が高まっており、「人類滅亡まで、あと1年」というセンセーショナルなコピーでも話題となった。
テレビシリーズは第2作目が1978年、第3作目が80年に放映。77年には劇場版「宇宙戦艦ヤマト」が公開。その後も78年に「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」、80年に「ヤマトよ永遠に」、81年に「宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち」、83年に「宇宙戦艦ヤマト 完結篇」、2009年に「宇宙戦艦ヤマト 復活編」が公開された。1983年の「宇宙戦艦ヤマト 完結篇」までの4本の劇場版で計1000万人を動員した。
なお、2009年に公開された「宇宙戦艦ヤマト 復活編」は、製作発表は04年に行ったものの、西崎・松本両氏の著作権をめぐる法廷闘争や、西崎氏が銃刀法違反で実刑判決を受けるなどのトラブルにより、5年遅れの09年の公開となったものである。
松本氏と西崎氏の裁判は、アニメ「宇宙戦艦ヤマト」の作者が誰かを争う訴訟で松本氏が訴えを起こし、02年3月の一審で、東京地裁の判決で被告の西崎氏が全面勝訴した。争われていたのは1974年から83年までの8作品についてで、東京地裁は、全製作過程に関与したのは西崎氏であり、松本氏は美術やキャラクターなど一部分の関与に過ぎないと判断した。松本氏は控訴したが、2003年7月29日に和解で決着し、全作品が共同著作となった。
また、西崎氏は10年11月に事故死。実写映画「SPACE BATTLESHIP ヤマト」の公開間近の事故だっただけに、注目された。「SPACE BATTLESHIP ヤマト」は、日本だけでなく香港、台湾、タイ、シンガポール、フランス、ドイツでも配給が決定し、ハリウッドのメジャー配給会社からもオファーがきている。
(富岡亜紀子 ライター / 2010年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報