…弄山が没したのち,数十年窯は存続したようだが,文化年間(1804‐18)までにいったん廃されていたと推測される。しかし,古万古窯から分かれた陶工良助が津において安東焼をはじめ,桑名の森与五左衛門有節は1831年(天保2)に小向に有節万古窯を,56年には竹川竹斎が松阪市射和(いざわ)に射和万古窯をきずいて,万古窯を再興した。明治初期には有節万古を導入して四日市万古が開かれ,赤土素焼の急須などが焼かれている。…
※「射和万古」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...
7/28 化学辞典 第2版(森北出版)を更新
6/26 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/17 デジタル大辞泉プラスを更新
4/17 デジタル大辞泉を更新
2/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新