…弄山が没したのち,数十年窯は存続したようだが,文化年間(1804‐18)までにいったん廃されていたと推測される。しかし,古万古窯から分かれた陶工良助が津において安東焼をはじめ,桑名の森与五左衛門有節は1831年(天保2)に小向に有節万古窯を,56年には竹川竹斎が松阪市射和(いざわ)に射和万古窯をきずいて,万古窯を再興した。明治初期には有節万古を導入して四日市万古が開かれ,赤土素焼の急須などが焼かれている。…
※「射和万古」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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