…その気運は,やがて新時代の趣向に添ったいけばなの要求となり,せいか(生花)を唱える流派が起こった。池坊もついには生花を認めるようになるが,生花を立華の小花として〈しょうか〉とよび,現在に至っている。専純のあと専意―専純(重任)―専弘―専定―専明(2世)―専正―専啓―専威―専永(現)の順でつづくが,専定は生花(しようか)の名手でもあった。…
…第三番目から上の穎はその内側に,内花穎という薄い鱗片に包まれた花を抱き込んでいるので花穎と呼ばれる。花穎と内花穎は花を挟み込んだ位置関係にあり,花穎,内花穎,花を一体として小花と呼ぶ。1個の小穂の小花の数は属によって異なり,タケ・ササやコムギ,カモジグサのように1個の小穂に数個の小花のつくものから,イネ,ヌカボやオオムギのようにただ1個の小花に減数したものがあり,アワ,キビ,モロコシの類では1個の小穂はきまって2個の小花をもつ。…
※「小花」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...