小野河内村(読み)おのがわちむら

日本歴史地名大系 「小野河内村」の解説

小野河内村
おのがわちむら

[現在地名]院内町小野川内おのがわち

恵良えら川の支流高並たかなみ川に沿って続く谷筋の最奥部にあたり、東は小稲こいね村、南は日岳ひのたけ村。小倉藩元和人畜改帳では高一〇〇石、家数一三・人数五二(うち百姓八・名子五)、牛八・馬四。延宝八年(一六八〇)の人畜帳(庄家文書)や元禄豊前国高帳・天保郷帳にみえず、中津藩郷村高帳(中津市立図書館蔵)には高並村の枝郷とみえる。「宇佐郡地頭伝記」によると、天文年中(一五三二―五五)小野好村という人が高並谷田中屋敷に来住、大友氏に属していたが、のちにさらに奥地やついわに移住し、小野川内村と称したと記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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