尾津郷(読み)おづごう

日本歴史地名大系 「尾津郷」の解説

尾津郷
おづごう

和名抄」高山寺本は「乎豆」、東急本は「乎都」の訓を付す。「日本書紀」景行天皇四〇年是歳条には「便に伊勢に移りて、尾津に到りたまふ。昔に日本武尊、東に向でましし歳に、尾津浜に停りて進食す」とあり、日本武尊が東征前に尾津浜の松に置忘れた剣が、帰還後もまだ置かれていた話がみえる。「古事記」には「尾津前」「袁都能佐岐」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む