屋山城跡(読み)ややまじようあと

日本歴史地名大系 「屋山城跡」の解説

屋山城跡
ややまじようあと

[現在地名]豊後高田市加礼川

都甲(とごう)川最上流域と、その支流長岩屋(ながいわや)川上流域に挟まれた標高五四三・四メートルの屋山山頂をやや下った西側にある。字平城(ひらしろ)・堀内(ほりうち)が遺称地か。天正七年(一五七九)と考えられる二月三日の吉弘統幸宛の大友義統書状(吉弘鎮整文書)に「屋山要害誘之儀、無御油断趣、示給候」とみえ、要害構築あるいは修築が行われている。翌八年閏三月帯刀安芸入道が屋山岳へ登城している(同月一三日「大友義統書状」田原達三郎文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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