コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

人質 ひとじちThe Hostage

7件 の用語解説(人質の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

人質
ひとじち
The Hostage

アイルランドの戯曲。3幕。 B.ベーハン作。ゲール語による原作"An Giall"は,1958年ダブリンで上演。作者自身による英語版の初演は,同年 10月4日ロンドンにおける J.リトルウッドシアターワークショップ公演。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

人質
ひとじち

(1) 債権の担保として人身を質入れすること。江戸時代質奉公人はその例。 (2) 同盟や降伏の遵守を確保するために相手方に近親者を渡すこと。戦国時代に盛んに行われた。明治5 (1872) 年 10月2日の人身売買禁止令人身売買および年季奉公は禁じられ,農商工業および一般の奉公も1~7年に制限されることになった。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

デジタル大辞泉の解説

ひと‐じち【人質】

交渉を有利にするために、特定の人の身柄を拘束すること。また、拘束された人。「人質を解放する」
近世以前、借金の担保として人身を質入れすること。また、誓約の保証として妻子や親族などを相手方にとどめておくこと。また、そのようにされた人。

出典|小学館
デジタル大辞泉について | 情報 凡例

百科事典マイペディアの解説

人質【ひとじち】

同盟,和親,降伏などの遵守を確保するために生命を担保として相手側に引き渡された人間,またそのような行為。古くから広く行われ,日本でも戦国時代にしばしば政治的・軍事的目的で行われた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
百科事典マイペディアについて | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ひとじち【人質】

日本の現行法では,人を人質にとる行為は禁じられ,逮捕監禁罪,ときには誘拐罪でも処罰しうる。しかし,これらにおいては人質の目的である各種の不法な要求の強要に処罰の主眼が置かれていないばかりでなく,実際上は人質の生命の危険にも質的差異のあるのが一般である。ハイジャックの多発はこのことを強く印象づけた。そこで当初〈航空機の強取等の処罰に関する法律〉(1970公布)中に強取により乗客等を人質にして不法な要求をする罪を加え,無期または10年以上の懲役を科したが,ほかに大使館占拠人質事件やシージャック,バスジャックなどにも対処するため1977年に〈人質による強要行為等の処罰に関する法律〉を制定し,その1条で,2人以上共同して凶器を示して人を逮捕・監禁しこれを人質にして,第三者に対し義務のない行為をすることまたは権利を行わないことを要求した者を,無期または5年以上の懲役に処するとともに,2条に,航空機強取による人質強要罪を組み入れた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

大辞林 第三版の解説

ひとじち【人質】

要求実現や自身の安全のために、脅迫手段として拘束しておく人。
約束を守るあかしとして、また経済上の担保などとして、相手方に預けられる人。近世以前に行われた。
人身を質に入れること。 「女房共は銀親かねおやの-になして/浮世草子・胸算用 3

出典|三省堂
大辞林 第三版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

人質
ひとじち

約束履行の保証として、相手側に渡された人。これには次の2種がある。(1)肉親や家臣を相手方へ送り、同盟、降伏、和親などの約束の履行を確保するために人身を担保とするものである。違約や相手の都合しだいで殺された。古くは『日本書紀』に神功(じんぐう)皇后のとき、新羅(しらぎ)王が微叱己知波珍干岐(みしこちはとりかむき)を質(むかわり)として日本に送ったとある。人間不信の所産なので戦国乱世にもっとも事例が多く、当時の武将相互の間では広く行われた。徳川家康の幼時、「今川殿より広忠(ひろただ)(松平)へ御人質を可給との儀也、これによりて広忠の総領竹千代殿(家康)七才に成り給うを駿河(するが)へ証人に御越被成候」(松平記)と、人質として今川へ送られたのは有名である。
 その後、諸大名の妻子を都下に集めて居住させることは豊臣(とよとみ)時代に始まった。それまでの戦乱がようやく収まり、全国統一がなったとはいえ、まだ諸国の情勢が十分固まったともいえないころ、豊臣秀吉は、諸大名をその領地に居住させずにおけば、戦乱の種を未然に摘むことになると考えて、諸侯の邸(やしき)を大坂に設けさせた。同時にその妻子を郭内に住まわせれば人質ともなる。徳川幕府が大名の忠誠を確保するため、証人を江戸城内の証人屋敷に居住させたのも、この種の人質である。この制度は1665年(寛文5)に廃止されたが、参勤交代の制度が確立するに伴い、大名の妻子は江戸の屋敷に居住させて国元に帰ることを禁じていたのは、広義の人質である。また人質櫓(やぐら)として、現存するものは大分城にあり、津和野(つわの)(島根県)には人質櫓跡として石垣が残る。(2)人身を質入れして、債権の担保のためになされる人質がある。古代においては奴婢(ぬひ)を、中世には子とか従者の質入れがこれで、流質になる場合もある。江戸時代には人身売買は禁じられていたが、借金の担保として年季請状のごとき証文を入れ、飯盛奉公などによる利子の返済を行い、約束の年季あけに元金の返却をして自由になれた。[稲垣史生]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

世界大百科事典内の人質の言及

【証人】より

…ただし明治の両布告は保証債務が相続人に及ぶとしており,これは保証人の義務は1代限りという,遅くとも江戸時代後期には確立していた原則を変更するものであった。請人(うけにん)(2)江戸時代に諸大名が忠誠のあかしとして幕府へ差し出した人質をいう。盟約,降服を保証するため人質を取ることは,とくに戦国期に頻繁に行われたが,江戸時代の証人はそのなごりである。…

※「人質」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

稀勢の里寛

1986- 平成時代の力士。昭和61年7月3日生まれ。中学卒で鳴戸部屋に入門し,平成14年3月初土俵。16年5月新十両,同年11月には18歳4ヵ月で新入幕をはたす。18年7月新三役小結,21年3月新関...

続きを読む

コトバンク for iPhone

人質の関連情報