山本武(読み)ヤマモト タケシ

20世紀日本人名事典 「山本武」の解説

山本 武
ヤマモト タケシ

昭和期の映画プロデューサー,映画監督



生年
明治41(1908)年2月11日

没年
昭和47(1972)年10月28日

出生地
山口県

本名
山本 武一(ヤマモト ブイチ)

学歴〔年〕
明治大学商科卒

主な受賞名〔年〕
日本映画テレビプロデューサー協会賞〔昭和47年〕

経歴
松竹蒲田撮影所に入社。佐々木恒次郎(啓祐)の助監督として大活躍する。昭和15年監督に昇進し「娘の問題」を撮るが、八木沢武孝の脚本の遅れもあってか失敗作に終わる。翌年日映演出部へと転じ、フィリピン支社で劇映画の製作・演出を担当。戦後22年松竹大船撮影所企画部に入り、「晩春」から小津安二郎作品をプロデュースし、名プロデューサーとして名をあげた。他に渋谷実の「本日休診」、木下恵介の「女の園」などでも成功する。26年日活に転じるが目立った活躍はなかった。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android