山田鷹治(読み)ヤマダ タカジ

20世紀日本人名事典 「山田鷹治」の解説

山田 鷹治
ヤマダ タカジ

明治〜昭和期の水産家 長崎商工会議所会頭。



生年
明治17(1884)年

没年
昭和18(1943)年5月5日

経歴
長崎市で兄とともに家業水産業共同経営し、東シナ海の漁業開拓に努めた。また長崎電気軌道などを経営し、昭和12年長崎商工会議所会頭となった。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「山田鷹治」の解説

山田鷹治 やまだ-たかじ

1884-1943 明治-昭和時代前期の水産家,実業家
明治17年生まれ。長崎市で家業の水産業を兄吉太郎と共同経営。東シナ海の漁業開拓につとめ,水産都市長崎の振興をはかる。また長崎電気軌道などを経営した。昭和12年長崎商工会議所会頭。昭和18年5月5日死去。60歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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