島田庄(読み)しまたのしよう

日本歴史地名大系 「島田庄」の解説

島田庄
しまたのしよう

島田川両岸に広がる平野部で、荘域は近世の島田村一帯と思われる。開発立荘年代・伝領関係などは不詳。

御書御判物控(藤井家文書)によると、正和二年(一三一三)六月二八日の左衛門尉有貞の譲状によって、康永四年(一三四五)その子、筑後宮内左衛門尉有行は島田庄惣追捕使職および野原(のはら)村田畑の領知が認められている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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