恒松名(読み)つねまつみよう

日本歴史地名大系 「恒松名」の解説

恒松名
つねまつみよう

宇佐宮領の散在名。現大字常松つねまつが遺称地とみられる。建久八年(一一九七)の豊前国図田帳断簡(到津文書/鎌倉遺文二)京都みやこ郡の宇佐宮領として「恒松五丁」とみえる。規矩きく(企救)郡の宇佐宮領内にも「恒松」がみえるので、広域に散在する名であったと推測される。元弘三年(一三三三)一二月日の宇佐大宮司宇佐公連寄進状案(大楽寺文書/鎌倉遺文四二)によれば、公連が宇佐宮大楽だいらく寺に京都郡の「恒松名」六町ほかを寄進している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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