悪王寺村(読み)あくおうじむら

日本歴史地名大系 「悪王寺村」の解説

悪王寺村
あくおうじむら

[現在地名]富山市悪王寺・若竹町わかたけちよう

神通川の支流川の流域に位置し、北は古上野ふるうわの村、東は吉岡よしおか村。鎮守の住吉社の祭旗には悪王子と書かれ、地元ではアッコウジと称する。江戸初期は加賀藩領、万治三年(一六六〇)の領地替で富山藩領となる。明暦二年(一六五六)の村御印留では草高一七二石、免三ツ六歩、小物成は野役一三匁・鮎川役一匁。元禄一一年(一六九八)郷村高辻帳によると、親村の宮保みやのほ村の北三町にある枝村新田で高二一三石。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む