日本大百科全書(ニッポニカ) 「逃げ水」の意味・わかりやすい解説
逃げ水
にげみず
地表近くで見られる蜃気楼(しんきろう)現象の一種。晩春から夏にかけて、よく晴れた日に熱せられた道路のアスファルト面を遠くから視線を低くして見ると、水たまりがあるように見えることがある。これは地面付近の気温が非常に高くなったためにおこる光象で、地鏡(ちかがみ)、擬水面現象ともいう。
気象学者がこの現象をもっぱら逃げ水とよぶようになったのは、大正末期からのことであり、古来、歌に詠まれて有名な武蔵野(むさしの)の逃げ水が、このような蜃気楼現象をさしたかどうかの確証はない。古来の逃げ水の正体として、これを武蔵野特有の伏流水(末無(すえなし)川、小川の末流が地中にしみ込んでしまう現象)とする説もあるが、逃げ水は、江戸時代の儒者斎藤鶴城(かくじょう)が『武蔵野話』で述べているように、山裾(すそ)のような地帯の、ほんの1メートルくらいの高さで低くはうような形で現れる霧かもやではないかと思われる。そのような所を人が歩いて行くのを遠くから見ると、見え隠れしながら水中を歩いて行くように見えるといわれる。
[根本順吉]