悴谷村(読み)かせだにむら

日本歴史地名大系 「悴谷村」の解説

悴谷村
かせだにむら

[現在地名]倉吉市忰谷かせだに

中野なかの村の西、北谷きただに川支流忰谷川の中流域に位置する。拝領高は二四六石余、本免は五ツ一分。広沢氏・倉吉荒尾氏の給地があった(給人所付帳)。享保一九年(一七三四)の鈴木孫三郎所持本「伯耆誌」では高二六〇石余、竈数一八、村内に山王権現を祀る。幕末の六郡郷村生高竈付では生高二七八石余、竈数二〇。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 北谷 モリ 中野

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む