政泊村(読み)まさどまりむら

日本歴史地名大系 「政泊村」の解説

政泊村
まさどまりむら

[現在地名]寿都郡寿都町字政泊町

明治初年(同二年八月―同六年の間)より昭和八年(一九三三)まで存続した村。矢追やおい村の北西方にあり、北東弁慶べんけい岬が突出する。明治四年(一八七一)の「春日紀行」に政泊とある。同六年の「後志国地誌提要」に政泊村とみえ、戸数一三・人口八〇で、稲生社(天保一二年建立)が祀られる。明治二四年調の「徴発物件一覧表」では戸数八五、男二〇三・女一七六、官廨三、厩四、学校一、艀漁小廻船一七二。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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