日野村井町(読み)ひのむらいちよう

日本歴史地名大系 「日野村井町」の解説

日野村井町
ひのむらいちよう

[現在地名]日野町村井むらい

日野三町のうちで最も東に位置し、西は三町のうち日野大窪ひのおおくぼ町、東は仁正寺にしようじ村。天文三年(一五三四)頃の城下町割以前には重田しげた村・やす村・しよう村などの諸村があったと伝える(蒲生旧趾考)。城下町割ではほん町通より北側で音羽おとわ町・大工だいく町・弓矢ゆみや町以東、同通より南側で南新みなみしん町・南今みなみいま町以東が当町域にあたると思われ、本町通越川えちがわ町は北側が当町域、南側は日野大窪町域であったと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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