星谷野新田(読み)ほしやのしんでん

日本歴史地名大系 「星谷野新田」の解説

星谷野新田
ほしやのしんでん

[現在地名]大網白里町星谷(ほしや)

南富田(みなみとみだ)村の東に位置し、小中(こなか)川が南東流する。大網村内の星谷野(干谷野)が享保期(一七一六―三六)に代官見立新田として開発され、享保二〇年検地が行われた。当初は大網新田と称していたが、天保元年(一八三〇)に独立したという(上総国町村誌)。星谷村ともいう。天保郷帳では高一〇七石余。慶応二年(一八六六)の捉飼場五郷連印帳(渡辺家文書)では旗本森川領。なお当新田開発以前の元禄一六年(一七〇三)星谷野は大網・経田(きようでん)・南富田・北富田・赤萩(あこぎ)、下駒込(しもこまごめ)(赤萩村内)、仏島(ほとけしま)・南飯塚(みなみいいづか)・南横川(みなみよこかわ)・北横川一〇ヵ村の入会秣場であったが、近年諸所より新畑が開かれ訴訟となったため、境塚を定め開発が禁止された(富塚家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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