木野別符(読み)きのべつぷ

日本歴史地名大系 「木野別符」の解説

木野別符
きのべつぷ

中世の別符。建久図田帳に記載はないが、室町期の書写と思われる建久図田帳(長谷場文書)に島津庄内として「木野別苻八丁一反」がみえる。鎌倉期以降の開発によって成立した別符であろう。天文一一年(一五四二)二月、北郷氏が北原氏領の志和池しわち(現都城市)などの麦を薙倒して北原氏と合戦となり、四月二三日にも北郷方は北原氏領の「山田・木野・牛谷」の麦作を散らし、以後志和池をめぐって合戦が繰広げられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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