本母村(読み)ほのぶむら

日本歴史地名大系 「本母村」の解説

本母村
ほのぶむら

[現在地名]高山市本母町

桐生(きりゆう)村の北にあり、同村から越中街道が通じる。宮(みや)川と苔(すのり)川とが北端近くで合流する。白山中宮長滝(ちようりゆう)寺塔頭宝幢(ほうどう)坊(現郡上郡白鳥町)の長享二年(一四八八)七月二八日に書写された桐生買地帳によると、「本母之分」として五筆の田地計一〇段が六貫二〇〇文で売買されている。村名は国府所在地であったことから本府が転じたとも、肥沃な土地柄ゆえ真秀之府から転じたともいう(斐太後風土記)。慶長一〇年(一六〇五)の飛騨国郷帳では大野灘(おおのなだ)郷に村名がみえ、桐生村とともに高付される。同一八年の郷帳では「ほのふ村」として九七石。元禄検地反歩帳の高九九石余、田九町四反余・畑八反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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