東刑部村(読み)ひがしおさかべむら

日本歴史地名大系 「東刑部村」の解説

東刑部村
ひがしおさかべむら

[現在地名]宇都宮市東刑部町

北は真岡もおかへの道を境に下桑島しもくわじま村、東は鬼怒川に接する平坦な農村上三川かみのかわ城主横田師綱の次男五郎兵衛尉良業は、応永年間(一三九四―一四二八)に刑部郷を領し、刑部城を築き刑部氏を称し、左衛門尉業知に継承、慶長二年(一五九七)刑部越前守のとき廃城となったという(「横田系図」上三川町史)。近世初期より宇都宮藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む