松倉堰(読み)まつくらぜき

日本歴史地名大系 「松倉堰」の解説

松倉堰
まつくらぜき

たま川下流右岸から取水し、松倉から現仙北せんぼく郡神岡町神宮寺じんぐうじ北楢岡きたならおか方面へ注ぐ。

元和九年(一六二三)渋江内膳が松倉村の支郷大川原おおかわはら村の一本柳いつぽんやなぎより取水、堤に貯水したことに始まるとされる。承応元年(一六五二)、横手城代戸村十太夫が小森こもり山の下から堰を作り、その後家臣の竹内三左衛門が、長野ながの(現仙北郡中仙町)茶臼館ちやうすだて山から布晒ぬのさらし山まで堰道を作った。この際戸村組下の向源左衛門も協力した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む