20世紀日本人名事典 「松山智治」の解説 松山 智治マツヤマ トモジ 昭和期の医師 松戸病院院長。 生年昭和3(1928)年7月25日 没年平成1(1989)年12月7日 出生地東京都渋谷区 学歴〔年〕慶応義塾大学医学部〔昭和27年〕卒 経歴慶応大病院外科医局を経て、昭和29年当時結核療養所だった松戸病院に。外科医長、副院長を経て、52年院長。62年国立初のホスピス“緩和ケア病棟”を開設した。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「松山智治」の解説 松山智治 まつやま-ともじ 1928-1989 昭和時代後期の外科医。昭和3年7月25日生まれ。慶大病院をへて昭和29年国立療養所松戸病院に勤務し,52年同病院長。国立医療機関でははじめて末期がん患者を介護する緩和ケア病棟を設置した。平成元年12月7日死去。61歳。東京出身。慶大卒。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by