松山金嶺(読み)マツヤマ キンレイ

20世紀日本人名事典 「松山金嶺」の解説

松山 金嶺
マツヤマ キンレイ

大正・昭和期のビリヤード選手



生年
明治31(1898)年6月

没年
昭和28(1953)年12月20日

出生地
京都

経歴
大正2年プロ・ビリヤード界に入り、6年渡米。13年全米ボークライン・ジュニア選手権を獲得した。昭和9年全米スリー・クッション選手権大会で優勝、11年に帰国するまで、前後5回にわたり世界選手権大会に入賞した。その後は国内活躍を続けるかたわら、東京世田谷で「松山ビリヤード・クラブ」を経営。27年の世界選手権大会ではスリー・クッション第2位となる。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「松山金嶺」の解説

松山金嶺 まつやま-きんれい

1897-1953 大正-昭和時代のビリヤード選手。
明治30年生まれ。大正2年プロとなり,6年渡米。13年全米ジュニア選手権優勝,昭和9年全米スリー-クッション選手権優勝。11年帰国。27年世界選手権スリー-クッション2位。東京で松山ビリヤード・クラブを経営。昭和28年12月20日死去。56歳。京都出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android