日本歴史地名大系 「柳原ヶ里村」の解説 柳原ヶ里村やなぎはらがりむら 佐賀県:佐賀市巨勢郷柳原ヶ里村[現在地名]佐賀市巨勢町(こせまち)大字修理田(しゆりた)正保絵図に村名がみえる。寛政元年(一七八九)の巡見録によれば、長崎街道を東へ進む巡見使一行に「平尾村境 是より柳原ケ里村」と案内しているので、現在修理田東分上(ひがしぶんかみ)とよばれる道崎(みちざき)・東島(ひがしじま)付近の村だということがわかる。同記には石高七三九石、家数七〇軒ほど、人数七五〇人とある。高平(たかひら)村との境の一里塚(いちりづか)橋(村の東端、長崎街道に架かる)で橋の両脇の三連水車をみた巡見使の「水車はそなたニ而出来候哉」との問いに、「当領にて出来立候」と答えている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by