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一里塚 いちりづか

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

一里塚
いちりづか

江戸時代の主要街道の両側に,1里 (36町=約 4km) ごとに築かれた塚で,路程標の役割を果した。その起源は古代中国にあり,日本では戦国時代末期にはすでに存在していたが,慶長9 (1604) 年,徳川家康が江戸日本橋を起点として,東海,東山,北陸の3街道に1里ごとに5間 (約 9m) 四方の塚を築かせ,塚の上にはえのきや松を植え旅行者に便宜を与えた。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉の解説

いちり‐づか【一里塚】

主要な街道に1里(約3.927キロ)ごとに築かれた塚。榎(えのき)などが植えられ、旅人のための里程標となった。
大きな仕事や目標へむかう過程での一つの段階。「遠大な計画の一里塚ともなる事業が成った」

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百科事典マイペディアの解説

一里塚【いちりづか】

おもな道路の両側に1里ごとに築いた塚。起源は古代の中国に求められ,日本では室町時代からあったともいう。織豊期から5間四方の塚が築かれ始め,江戸時代に整備された。
→関連項目宿村大概帳

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とっさの日本語便利帳の解説

一里塚

江戸開幕後、江戸を中心とした交通網の再編成を目指して、日本橋を起点とし、主要街道に一里ごとに設置された塚。松や榎の植えられた五間四方の一里塚は、旅人の恰好の休息の場となった。

一里塚

→「いつか必ず役に立つ!編 覚えておいて損しない日本史」の「一里塚」

出典|(株)朝日新聞出版発行「とっさの日本語便利帳」
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防府市歴史用語集の解説

一里塚

 道のわきに1里ごとに塚をつくって、木を植えたりしたものです。旅の目安としてつくられましたが、明治時代になると次第になくなります。

出典|ほうふWeb歴史館
Copyright 2002,Hofu Virtual Site Museum,Japan
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世界大百科事典 第2版の解説

いちりづか【一里塚】

おもな道路の両側に1里(約4km)ごとに築いた塚。一里山ともいう。起源は古代の中国に求められ,日本では古代の国境の印に求める説や,室町時代に足利義晴が諸国に命じたともいう。織田信長豊臣秀吉のころから,36町を1里として1里ごとに5間四方の塚が築かれ始めた。全国的規模で構築されるのは,1604年(慶長9)徳川家康が秀忠に命じて,江戸日本橋を起点として主要街道に築かせてからである。塚にはエノキや松などの樹木を植えることが多い。

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大辞林 第三版の解説

いちりづか【一里塚】

街道で一里ごとに道の両側に土を盛り、エノキなどを植えて、距離を示す目印とした塚。江戸幕府により全国に設置。里程標りていひよう
大きな事業を達成してゆく過程における一つの段階。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

一里塚
いちりづか

街道の両側に1里ごとに築かれた塚。塚上にはエノキなどの樹木が植えられていた。織田信長、豊臣(とよとみ)秀吉により始められたといわれるが、1604年(慶長9)江戸幕府により東海・東山・北陸道をはじめ、全国規模での設置が始まった。旅行者の便、運賃決定の目安、度量衡統一政策の一環として設置されたが、街道の付け替えなどにも旧位置を動かず、修理もほとんど行われなかったため、近世後期には荒廃した。塚には榎を植えたものが多いが、松などもある。天保(てんぽう)(1830~44)末年東海道品川―京都間には104の塚が現存した。明治以降、敷地の民間への払い下げや道路拡張により大部分が取り壊された。保存の良好なものは国の史跡に指定されている。[山本光正]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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