柴垣新村(読み)しばがきしんむら

日本歴史地名大系 「柴垣新村」の解説

柴垣新村
しばがきしんむら

[現在地名]入善町青木あおき

もと上飯野かみいいの村領の黒部川淵の往還道の下にあったが、黒部川が付寄ったためすべて川流れになり、居住できなくなり、青木村領の往還道の上に住みつくようになった(愛場家文書)。天保一〇年(一八三九)の上下新川郡一町五厘略絵図(県立図書館蔵)、明治期の富山県管内図(広田家蔵)などには北陸街道の脇に村名が記されている。寛文一〇年(一六七〇)の村御印では草高一〇石、免三ツ五分(三箇国高物成帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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